母は樺太引き揚げ者   

先日母に会ってきました。
老人ホームの食事は何故か魚料理が少ないとのことで、昼食は魚料理をもとめて外食に。でも、札幌と違いランチメニューのある居酒屋さんもなく、結局「ガスト」へ。
母の頼んだ「サバ味噌膳」は甘めで、私はもっと美味しいサバ味噌を知ってる、などと思っていたけれど、母が「美味しいね」と何度も言うので、私も心から「美味しいね」と半分分けてもらったのでした。私の頼んだ鉄火丼も分けてあげると、それも美味しいと食べてくれて、なんだかうれしい気持ちになりました。

樺太からの引き揚げ者の母は、私が聞きたがるので、よく樺太の話をしてくれます。少し前の記憶はテキトーなのに、昔のことはよく覚えています。

母が「空襲の後、沢山の死体を荷台に積んだトラックを見た時のことは忘れない」と顔をしかめた時はびっくりしました。というのも、いつも母のする樺太の思い出話は、子供の頃行った相撲やお芝居の話や、引揚船の中で仲良くなった船員の話とか、どちらかというと楽しいものばかりだったので、母が九死に一生を得て引き揚げてきたことなどすっかり忘れていたのです。

知取町で暮らしていた母は、終戦後すぐに引き揚げのため豊原市へ向かいます。成人男性は同行できなかったので、女子供だけで向かったようです。ところが、引揚船は満杯で1週間ほど待機の後、結局知取町に戻ることになったのだそうです。
しかしそれが運命の分かれ道だったのです。
その時出港した引揚船3隻は、ソ連の潜水艦による攻撃を受け、2隻が沈没。1708名以上の犠牲者が出ました。これは「三船殉難事件」と呼ばれています。

続きはまた今度009.gif
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by Obi-runomuyo | 2013-08-31 13:56 | Comments(2)

Commented by tuya911117ued at 2013-08-31 21:52
聞けるときに そういう話は 聞いておいた方がいいよ
又、聞かせてね
三船殉難事件 て 聞いたこともないわ 北海道の中ではふつーに
知ってるのかなー?
Commented by Obi-runomuyo at 2013-09-02 09:46
★ふーくんまま★さま
おはようございます!
「三船殉難事件」のこと知ってる人、北海道でも私たちの世代だとあんまりいません。何かのきっかけで興味を持った人くらいですよね。
なんとなく、満州からの引き揚げ者などに比べると取り上げられることが少ない気がするのは私だけかしら?

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